ストレスチェックの義務化に思うこと

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2015年12月から全国一斉にスタートする「ストレスチェック」であるが、現時点では会社側も、管理職の人も、労働者側も、皆が一様に、極めて消極的であり、「できればやりたくない!」という発言が圧倒的に多い。中間管理職の方からは、年度末や年末の繁忙期に実施することだけは、せめて避けてほしいという声が多い。実施するメリットが見えないためだ。

ストレスチェックの義務化の経緯

メンタル予防とメンタル自殺・過労死等を未然に防ぐことを目的として、医師による「長時間労働者面談」制度が平成18年4月にスタートし8年がすでに経過している。この制度は、月80時間または100時間超という残業時間の長さを基準に、疲労の蓄積具合(軽・中・重)をチェックし、翌月までに医師面談を実施するというものである。長時間労働が健康被害を招くことを国民に周知され、「過労死ライン」(月80時間超の残業のこと)という言葉が流行するまでになった。
しかし、面談対象者にリストアップされた長時間労働者の90%以上が、疲労はしているものの、現状では病気とはまったく無縁の社内的に評価も高い「健康的な労働者」だった。産業医面談を受診した労働者からは「長時間労働者面談」は時間の無駄だという声が上り、企業人事部からは「労働意欲」を低下させるなどの否定的な意見・見解もあり、徐々に実施を止めてしまったり、労働者からの申し出が無くなってしまった企業が増えているのも事実である。もちろん、「長時間労働者面談」制度のおかげで残業時間が大幅に減った企業も多数ある。しかし、残念ながら、この8年間で精神障害の労災件数は増加し続け、自殺者数も増加し高止まりしたままという現実がある。
このような現状を改革する必要があることから、もっぱら時間という「量」を重視した「長時間労働者面談」制度に加え、今回実施が決まった「ストレスチェック」制度は、職場環境や働かせ方といった「質」を重視し、労働者のメンタル予防につなげようとしているのだ。労働者の心身の健康を配慮する義務があることを経営者に周知・徹底させ、労働者が元気で楽しく働ける労働環境を整備し、メンタル不調者や病者を少なくすることが最終目標なのだが、さてどうなるのか。

複雑な「ストレスチェック」のルール

当初、国は「ストレス」チェックではなく、設問数9項目の簡易な「メンタル」チェック制度を義務化しようとしていたのだが、国会では2度も否決されたという経緯がある。会社内で「メンタル不調者」をあぶりだす為のチェックとなり、社内でレッテルを貼られたり、転職の際に不利になる可能性があることなど、あまりに問題が大きいということで廃案を繰り返した。結局、紆余曲折し、今回、最終的には57項目の設問による「ストレス」をチェックすることでようやく国会で承認されたのだ。

紆余曲折があった結果、今回の「ストレスチェック」制度は、労働者個人を保護するための複雑なルールが、複雑かつ山のように盛り込まれている。主なものは、
① 事業者は「メンタル不調者」をあぶり出す目的で実施してはいけない。
② また、ストレスの高い労働者の不利益につながる処遇や人事考課などをしてはいけない。
この2点だが、事業者が制度を悪用できないようこの他にも様々なルールが定められている。
まず事業者はストレスチェックの実施者にはなれない。医師、保健師、看護師、精神保健福祉士の資格を持った者でなければ実施者になれない。次に、ストレスチェックの結果については、本人の同意がない限り、事業者に開示することができない。ただし、本人が希望すれば保健師等の面接指導を受けることができる。この面接の結果、必要があれば産業医面談を実施し、残業禁止や休職等の就業制限の要否を判定してもらい、最終的に事業者が残業禁止等の措置の要否を決定する。

想定される労働者のデメリット

労働者としては、プライバシーが本当に守られるのかという心配と、高ストレス者が社内で「ストレス耐性が低い者」としてレッテルを貼られたり、「メンタル予備軍」的な差別を受ける恐れがある。医療者側がどんなに強靭なファイヤーウォールを構築し、会社側への情報漏洩を防いだとしても、疑心暗鬼になっている労働者の心理状態を払拭することは難しく、検査で本当のことを申告できるかどうかも疑問である。保健師等への面接指導を希望をすれば、表面的には何もなくても、少なからず人事部などから要注意者としてマークされることだろう。よって、会社側に対する不満をぶつけたいと考えている労働者や、すでに退職を考えている労働者を除くと、仕事のストレスを抱え本当に苦しんでいる・悩んでいる人たちからの面接希望者は限りなく少ないのではないか。

想定される事業者のデメリット

ストレスチェックの実施者となる「医療者」は、病気予防に関するプロだが、労使間のトラブルを解決できるプロではない。会社に不満を抱え、労働意欲が極端に低くなってしまっている人や、不当に人事考課が低いと自分で思っている人など、「会社や上司への不満」が強い傾向にある人たちとの面談機会が増えることが予想される。国が主導するこの制度を逆手にとって、一部の極端な労働者の個人的な不満を事業者が解消せずに放置した場合など、返って労使間のトラブルに発展してしまう危険性も十分あり得る。また、事業者側の最大の心配事は、ストレスチェックの実施が「ストレス耐性のもともと弱い若年層」を刺激してしまい、必要以上にストレスに敏感となり、今まで以上にストレス(仕事)を避ける「働き方」をする恐れがあることではないか。ストレス耐性の弱い人や労働意欲の低い人を基準に仕事量を全社でセーブすることなど到底不可能である。

精神疾患を増やす社会的なデメリット

ストレスが高いということを本人に「気づかせる」ことが、メンタル疾患や、自殺予防につながると厚生労働省は言っている。もちろんその通りなのだが、弊害はないのだろうか。精神科や心療内科を安易に受診してしまう人をいたずらに増やすことにはならないのだろうか。医療者の多くは、病気の増悪を防ぐことが仕事のため、安全率の設定が高い。常套句のように「気になるようだったら、一度、病院に診せに行きなさい」と言う。メンタルクリニックに初診で行くと、誰もがストレスが高く、不眠や倦怠感の症状があることを主治医に話すことになる。すると3分後にはうつ病などの何らかの病名が言い渡されてしまう。病名をつけないとお金がとれない保険点数制度にも問題があるが、病名を付けずに何もせずに帰してくれる医師は少数派だ。主治医は『ストレスを遠ざけることが一番の治療だ』とすべての患者に話し、①会社を辞めるか、②数か月間の休職をするよう勧めてくる。その日から薬物治療が始まり。。。本来、睡眠時間を確保し、適度な運動と、少しだけ心に余裕があれば、今の辛い状況を数か月後には乗り越えられたはずの人たちが、精神病者となり、薬漬けになり、数年間苦しみ続けることになってしまう。
社内での告知や実施の仕方について十分検討をしないと社内どころか国中が精神病者で溢れてしまう可能性を否定できない。

ストレス耐性を鍛える教育面の欠如

耐えられないほどの過重なストレスが長期にわたり続くと、精神を病んでしまうことがあることは今や誰もが知っている。しかし、どんな仕事であっても、仕事である以上、ストレスはあり、それを避けることはでない。
一方で「仕事上の適度なストレス」は、仕事の生産性を上げることも事実である。自分の実力より少し難しい仕事をストレスに耐えつつ(ストレスをあまり意識せずに)克服していくことがその人の成長につながるのだ。
ストレスに過敏に反応する人と、鈍感な人がいるが、敏感な人に、鈍感になれと言っても難しく、また、事業者が、ストレスの敏感な人がストレスを感じないレベルまで仕事の量や質を軽減することなどは到底できない。
しかし、ストレスの多くは、本人の「考え方」や「仕事の仕方」を変えることで大幅に軽減させることができる。報連相(報告・連絡・相談)という言葉があるが、上司や同僚に自分の困難な状況を知らせ、解決できる近道をアドバイスしてもらったり、仕事が行き詰まる前に、処理できない過大な仕事量を軽減してもらうことなども必要だ。仕事上の失敗は、個人だけではなく、ライン全体の連帯責任となる。管理職と担当者の教育制度を充実させ定期的に行う。仕事上のストレス耐性は、普通に仕事をしていれば、自然と鍛えられていくものだと考えがちだが、そうでもない。ストレスに敏感で、仕事中のストレスが高い人たちの多くは、働くこと自体がすでに「苦しみ」であり、仕事から「逃げる」モードになってしまっている。ストレス(仕事)から逃げることばかりを考えるようになると、いつまで経ってもストレス耐性は鍛えられない。仕事もうまくいかない。このような人が増えることを防止する意味からも、特に中間管理職層への定期的なパワハラやメンタル研修が必要であり、若年層や中途入社者を対象としたメンタルヘルス予防を含めた「仕事」への取り組み方や、仕事をする上での「ノウハウ」や「コツ」に関する情報共有が図れるような教育制度の確立が欠かせない。

ストレスチェック制度の大きなメリット  =組織診断=

デメリットばかりが目立つこの制度ですが、どの程度まで実施すべきか。。。悩んでいる企業は多いのではないでしょうか。ストレスチェックが国民のストレスになりかねない勢いです。ですが、一方で私が期待している効果があります。
それは「組織診断」です。
どこの会社でも、メンタル不調者が次から次へと発症してしまう「部署」があります。よく言われるのは「達成感なき繁忙が永遠と続く部署」であったり、「成果が評価に反映されない部署」、「個人の能力に依存し、周囲の人がサポートできない設計やプログラミングなどの仕事をする部署」などです。また、パワハラで有名な管理職(大抵、社内の実力者)の下で働く部下がうつ病になりやすいということも。

今回のストレスチェック制度の大きなメリットは、全国共通設問により、集団ごとのストレス強度が数値化できる!のです。検査結果を部署ごとに集計・分析し、職場におけるストレス要因を発見し、職場環境の改善を図ることで、働きやすい職場に変えていくことができる。全国共通の「57の設問」による検査結果が数値化されることで、社内でストレスの高い部署、低い部署などのランキングデータを事業主や経営層に伝えることが可能となる。更に、ストレスの量(長時間労働など)と質(難易度やパワハラ上司の存在など)を分析することで、業務の問題点や改善点が明らかとなることだろう。

また、近い将来、弊社のように多数の企業の実施者となる企業から、ストレス強度に関する「業種別」「職種別」の国内平均値などのデータが公開されれば、自分の会社のストレス強度の相対的な位置を確認することもできる。さらに毎年1回実施しなければならないストレスチェックは、部署ごとのデータの経年変化を比較することで、更に効果を発揮するはずだ。
業務の問題点が見えたのなら、多くの経営者は改善策を考えることだろう。社内に抱えている問題点を放置すれば、自ずと企業は衰退してしまう。

会社経営にとって、将来極めて有効となる可能性を秘めている「集団ごとのストレス強度のデータ」を是非活かしてほしいと思うが、経営者の中には、未だに「健康管理や健康への配慮は自己責任であり、会社は関与しない」と考える人がいることも事実であり、このような会社は、多分ストレスチェックを実施しないだろう。

最後は、信頼感の有無に尽きる

会社を良くしたいと考えている経営者であるなら、社員のストレスの状況を組織別に集計し、数値化できる「組織診断」は魅力的なはずである。
不安が残るとすれば、①個人の秘匿情報の漏えいだが、実施者となる産業医や保健師は、個人情報を漏えいした場合、5年以下の懲役となるなど重たい罰則が刑法で定められている。医療資格者から情報が漏れるようなことは、実際のところ極めて少なく、外部委託を活用することで、個人情報の漏えい問題は防ぐことができる。
次に②ストレスに敏感すぎる社員の反応については、このストレスチェックをするしないに関わらず、先輩から指導したり、人事部主催の研修を行うことでしか改善することはできないだろう。
③日本中にメンタル不調者・精神疾患が増える可能性は否定できないが、会社単位でしっかりとルールを定め、このストレスチェックを実施する意味や目的を正確に伝えることができれば、少なくとも自分の会社内だけは守れるだろう。

新たに実施されるストレスチェック制度は、職場環境の改善を目的として実施する。と経営トップが表明することが重要なポイントである。最後は会社と社員の相互の信頼感に尽きると思う。
この目的を社内にうまく伝えないと、多くの社員は本当のことを申告できない。

 

まず、会社の職場環境を改善していくために、ストレスの量と質の両面を数値化、集計し、適正な人員配置や各部門ごとの仕事量や仕事の質の偏りを是正していくということを、きちんと経営トップが表明することが大切である。

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代表取締役 高橋 雅彦株式会社ドクタートラスト 代表取締役社長

投稿者プロフィール

1964年生まれ(52歳)1988年早大理工卒後、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)に入行し、病院専門の融資課長などを経験。2004年同行退行と同時に、「医療」と「企業」を結ぶことを目的に「株式会社ドクタートラスト」を設立。社長に就任。現在12期目。趣味は五葉松の盆栽と休日のパンづくり。渋谷区松濤町会の理事を兼任。

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